メリークリスマスの日に、メリー断髪式を敢行した

    衝動ー動作または行為を行おうとす          

               る抑えにくい内部的な欲求。

                欲動、本能、リビドー、パッ    

                ション

 

まさに衝動に駆られた、というより他ない。

これだから年末は困る。しかも今年は平成最後ときているから厄介だ。

 

何のことかといえば、断髪を敢行したのである。

言ってみれば、メリー断髪式だ。

メリークリスマスのメリーとは、陽気なとか楽しいとかの意なので、メリー断髪式ならば陽気な断髪のはず。

私は力士ではないので、各界著名人にハサミを入れてもらったわけじゃなく、我が家の風呂場でバリカンを握りしめ、ただ一人裸で寒さに震えながら行った。

 

フルチンでロン毛を坊主にするおっさんを想像してみてほしい。

楽しいとか陽気の要素ゼロ。

全然メリーじゃない。

どころか、何か罪を犯して収監される囚人が裸にされ、看守の監視する中跪いて頭を丸めさせられている、みたいなメリーとは対極の悲惨さを感じる。

 

では何故、メリーなはずの12月24日という日にそのような悲惨な行為に及んだのか。

衝動、欲動、本能、リビドー、パッションとしか言い様がない。

メリーなクリスマスといえど、何も普段と変わることもなく、2年ぶりに出た『ドリフターズ』6巻を読んでいる時、突然「あ〜、も〜髪切りて〜!」と激しく叫んだのだ。

伏線はあったと思う。

  ここ最近、髪を洗うのが凄く面倒に感じられたこと。

  サムライっぽく後ろの高めの位置で縛りクルッと丸めていたのだが、伸びすぎて丸めた部分がどんどんデカくなってきていて、そのうち頭より丸の方がデカくなってしまうのではないかと危惧していた。

  自分ではサムライだと思っていたが、よくよく鏡で見ると白髪が半端なく、くたびれ果てた農民という風情だったこと。

などと思っている時に、豊久のあの姿に当てられ、更に平成最後の年末、とくれば冷静な判断が出来なくなり、メリー断髪式に臨むのも頷ける。

 

というわけで、40cm以上あった髪を一気に6mmまで短くした。

かなりの落差だ。

言わば、月とスッポン、雲泥の差、雪と墨、まるで前田慶次からニコラスケイジになったような。

これだけ伸ばしていたものをバッサリいくには多少の名残り惜しさはあったが、やってみればなんてことはないものだ。

 

ただ、あまりの長さと剛毛ぶりにバリカンが全然進まずかなりの時間がかかってしまった。

少しずつ少しずつ刈っていき、右半分くらい終わった時に、顔を上げ鏡を見る。

そこには現役時代のブル中野がいた。

頭半分だけ長いままで、寒さで唇が青くなっていて塗っているみたいなのだ。

こんな機会は滅多ににあるものじゃないので、せっかくだからブル中野のメイクを施して写真でも撮ろうかと思ったが、フルチンでそんなことをしていたらまず間違いなく風邪を引くというのはさすがに理解出来たので、断腸の思いで諦めた。

 

その後も少しずつ刈っていき、イチローの頭そっくりの白髪坊主が完成し、床にはおびただしい髪の毛。

 

※閲覧注意

 

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考えてみれば、髪の毛の先の方は4年前に生えてきたもので、この汚らしい束には過去4年間の私が凝縮されている、言わば私の分身みたいなものだ。

昔からよく言われる女性が失恋によって髪を切るという行為も、あの人を好きだった自分とサヨナラするということなのだろう、そう思うとわからなくもない。

 

などと、フルチンのまま感慨に耽っていたら寒気がしたので、その汚らしい自らの分身をさっさとゴミ箱に捨てて風呂に入った。

 

 

 

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