めんどくさいことを考えるのがめんどくさい

めんどくさい

 

この感情は一体なんなのだろう。

 

本来、「めんどうくさい」「面倒臭い」と書くのだろうが、書いてみると更によくわからない。

 

面倒は煩わしいという意だから、「めんどう」だけで「めんどくさい」の全てを表しているではないか。

何故そこに臭いがくっつくのか、別に臭くないし。

 

と、字面に文句を言ってもしようがないので、とりあえず私がめんどくさいと思うものを挙げてみる。

 

先ずは、めんどくさい世界のトップランカーといえば、風呂。

面倒くさがりを自認する輩にとっては、おなじみであろう。

かくいう私にとっても例にもれず、やはりトップクラスのめんどくささ。

 

が、風呂が嫌いなわけでは決してないのだ。

一旦覚悟を決めて入ってしまえば、これ程気持ち良くスッキリするものもそうはない。

ただ、入るために着替えを用意して、服を脱いでという一連の動作がめんどくさいのだ。

 

アニメ『キルラキル』で言っていたように、人は服を着て初めて人足り得るものであって、服を脱ぐということは人間性を捨て去るのと同義ではないか。

私は常に人間でありたいのだ。

しかし、常に人間でありたいが故に、身体が異臭を放たぬように人間性を捨て去り風呂に入るという大いなる矛盾。

 

書いていて気づいてしまったが、「面倒臭い」の「臭い」は風呂に入らないと臭くなるという意なのではないか。

 

まあそれはいいとして、屁理屈を捏ね繰り回した末にやっと人間性を捨て去る覚悟が決まり、風呂に入ったとしても、湯船に浸かっている時以外はやはりめんどくさい。主に頭を洗うことが。

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風呂に関しては、出てからも身体を拭いたり髪を乾かしたりとめんどくさいことが盛りだくさんなのだが、それを言っていると永久に風呂の話から抜け出せないのでここら辺にしておこう。

 

最初にビッグネームが出てきたので、次にあまり共感が得られないかもしれない私個人の小さなめんどくさいを挙げていく。

 

食事をする時に、ご飯茶碗、味噌汁のお椀、おかずの皿、お新香の小皿などとあちこちに分散されているのがめんどくさい。

ので、私が家で食事をする時は、デカい丼にご飯、おかず、汁物全部入れてしまうことにしている。

そう考えると、カレーとか丼物とか麺類は一つで済むからとても好感が持てる。

 

それと、問題なのは果物だ。

奴らはタチの悪いことに、大抵皮を剥かなければならない。

ただし、私は以前果物のおかげで身体の不具合が治ったことがあるので、

 

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 その見返りとして皮を剥くのは我慢することにした。

 

厄介なのは、スイカ(正確には野菜だが)、さくらんぼなどの種を吐き出さなければならない奴らだ。

 

自らの意志で、一旦は口に入れたものを吐き出すとは何事か。

吐き出すくらいなら、そもそも口に入れなければ良いのだ。

吐き出すことを前提として、口に入れるその性根が気に入らん。

残さず食べなさい、物を大事にしなさい、と教わってこなかったのか。

 

これだけの罵詈雑言を浴びせかけた私は、もう奴らを食することはさすがに出来ぬだろう。

 

 

前後するが、料理を作る時も包丁とまな板を出して、終わった後洗うのがめんどくさいので、食材は全て手でちぎる。

 

大抵の野菜などは手でちぎることで済むのだが、手強いのは人参だ。

人参をちぎってある程度細かくするとなると、「鉄の爪」の異名を持つフリッツ・フォン・エリックのような、半端ない握力が必要になってくるのだ。

これは、握力を鍛えなくてはと一瞬思いかけたが、だったら人参を買わないか包丁を出すかすればいいことに気づいて事無きを得た。

握力を鍛えるのはいいけど、その理由が硬い野菜を手でちぎる為というのでは気まずいだろう。

一度豚肉を手でちぎってみた事があるが、手が油でベトベトになり、かえって面倒だったのでそれ以来やっていない。

 

次に着替え関連。

シャツ、所謂ワイシャツ的な奴のボタンを一つずつ留めたり外したりが、まあめんどくさい。

なので、なるべくプルオーバーの被るタイプを着用している。

 

そしてズボン。(ここで言うズボンとは、アニメ『ストライクウィッチーズ』的なズボンではなく、ジーンズとかスラックスのこと)

これにベルトを通すのがめんどくさい。

ベルトループに一つずつチマチマチマチマ...急いでいる時など一個飛ばしてしまったり。

幸いにも今はイージー仕様のズボンが沢山あるので、もう一年以上もベルトをしていない。

 

次に靴。

こいつの靴紐がいかん。

一々しゃがみ込んで靴ベラなんてものを使い紐を結び、脱ぐ時にまたしゃがんで紐を解き緩めて脱ぐ。

寒い時期に手がかじかんで上手くいかない時など、気が狂いそうになるのは私だけではないだろう。

ので、ここ数年は革靴はローファー、スニーカーはスリッポンタイプか紐を緩めたままでも大丈夫なやつしか履いていない。

紐のついたロングブーツなんて狂気の沙汰だ。

あれを毎回毎回結んで緩めてとやれる者は、正に聖人君子のような人間と言えるだろう。

 

ただ、靴に関してはどうしても紐がある方が格好良いものが多いというのが、忸怩たる思いなのだが...

 

他にも、爪を切るのがめんどくさいとか洗濯物を畳むのがめんどくさいとか、めんどくさくないことを挙げた方が早いくらいなのだが、一体どれだけのめんどくさいを乗り越えないと、人は生きて行けぬのだろうか。

 

あれもこれもめんどくさいのに、フィギュアを一から作るなんていう、めんどくささの極みのようなことはちっともめんどくさくないというのは、どういった因果なのだろう。