腹痛という名の憎い奴

腹痛。

 

この言葉に良いイメージを持つ者なぞいないだろう。

人間誰しも一度や二度はうんこを漏らしたことがあるもので、漏らす段まで追い込まれた暁には大抵腹痛を伴っているものだ。

 

 

社運を賭けたビッグプロジェクトのプレゼン中、最高権力者が全国民に向けて演説をぶっている最中、最愛の彼女にプロポーズをしている最中、時と場所を問わず奴は現れる可能性がある。

 

ひとたび奴が現れたなら、我々に出来ることなどたかが知れている。

 

ひたすら周りに気づかれぬよう、我慢に我慢を重ねるか、全てを放り出して厠に駆け込むか。

もし、強靭な精神力の持ち主が奴の大攻勢を耐え、その場はなんとか凌ぎ切ったとしても、便器に跨り放出するまで奴が立ち去ることはない。

 

 

ある意味、私達は奴に支配されて生きていると言えるだろう。

 

 

何故に奴について語ったのかといえば、今日の午前中に私の元に現れたからだ。

 

元来私はあまり胃腸が丈夫ではなく、ちょっと冷たいものを飲み過ぎると奴がチラチラと顔を見せていたのだが、数年前からヤクルトを1日1本飲むようにしてからは、すっかり姿を見なくなっていた。

 

それ故に驕りがあったのだろう。

急に暑くなったのを理由に、冷えた飲料水を欲するままに飲みまくってしまったのだ。

 

最初に、ちょっと腹痛いなと思った時はやや強めの便意だろうと高を括っていた。

が、

痛みと便意は急速に膨れ上がったのだ。

かつて腹の痛みで、パンツを下ろして便器に座った状態で気絶したことのある私をして、あまり感じたことのないレベルまで。

 

前に便意について書いたことがあるが、
www.yabunira.xyz

 今回の奴と比べれば、まるで子猫ちゃんと同じくらい可愛いらしいものだ。

 

 

ここ数年忘れていた感覚が急に蘇ってきて直感する、これは長期戦になると。

自宅で良かったと心底思い、覚悟を決めトイレに向かう。

 

便器に跨っても何も出てこずに、「ギュロロロロロー」という音と共に腹の痛みが加速度的に増していく、まるで腹痛の加速装置だ。

 

私は戦慄する、これは最強クラスのやつかもしれん。

 

吐き気も感じ始めたのがその証拠だ。

 

こうなるともう、上体を起こしたままではいられず、床に手をついてなんとか身体を支えるという状態。

 

呻きながらなんとか耐えていると、痛みの第一波が引いていくのを感じた。

 

ここぞとばかりに、私は身体をくの字に曲げたまま台所まで行きビニール袋をひっ掴み、ズボンとパンツを脱ぎ捨て、這うようにしてトイレに戻る。

 

この行動はかつての反省から来ている。

ずっと前に同じような状況で、吐き気を感じたときに便器の中に吐けるように態勢を変えたにもかかわらず吐くことはかなわず、その代わりそのまま床に下痢をブチまけてしまうという、大惨事を経験しているのだ。

 

下半身裸で左手にはビニール袋。

かくして、準備は整った。

 

そこからは歯を食いしばって、ひたすら奴が去るまで我慢するのみ、気力の勝負だ。

 

 

 

呻き、罵声を吐き、私の命もここまでかと思い、半裸でビニール袋を握りしめ、くの字になったまま便器の上で死ぬのは気まずいなぁと思えるくらいの余裕が出てきた頃には、2時間程経っていた。

 

床の上には、普通の汗、冷や汗、あぶら汗が混ざった、汗の全部乗せとも言える水たまりが出来ている。

唯一身につけているTシャツもびっしょりだ。

きっと目は落ち窪み、頰はゲッソリと痩け、髪は全て白くなった亡者のような風貌になっていることだろう。

 

 

とりあえず一番の強敵は去ったようなので、ウォシュレットで入念に洗って立ち上がる。

 

水を一杯ゆっくり飲み、Tシャツを替え、パンツを履き、倒れるように横になった。

 

そのまま1時間くらい眠ってしまったようで、喉の渇きで目が覚めた。

 

水を飲みながら、自らの腹と尻に「状況は?」と、問いかける。

奴の姿は見えないが、気配が未だ完全には死んでないらしい。

 

衰弱した重い身体を引きずるようにして、戦場に戻る。

最初のようなビッグウェーブはもう来ないと安堵しつつ、奴の残骸を少しずつ排出。

 

そして、尻を拭ったトイレットペーパーを見て愕然とする。

血が混じっているではないか!

 

しばらくの間、奴との激闘を示す赤く染まった薄紙を凝視した末、見なかったことにしようと決意する。

 

自分で言うのも何だが、私の決意程あてにならないものもない。

頭の中では、尻の穴、血、痔?というワードがぐるぐる回っている。

が、そこで数年前にも同じことがあったのを思い出した。

 

たしかその時は、翌日には血らしきものも出なくなっていたはずなので、一過性のものだと信じることにする。

 

 

 

そして今また便器に跨っているのだが、恐ろしくて尻を拭った薄紙を見ることができないでいる。