コネクション、略してコネがあると、この世の中少しは生きやすくなるものだ。
普通なら大変な思いをして成さねばならないこと、大いなる対価を払わねばならぬものも、コネひとつで労せず手に入れられたりする。
それなら誰もがコネを使えばいいのではないかということになるが、コネというのは
「コネェ〜‼︎」
と叫ぶ、もしくは何らかの粉をコネくりまわせば発生するものではないことは誰もが知る通りだ。
持ってる奴はいっぱい持ってるし、持ってない奴は全然無い、というような性質のものだろう。
もちろん私などは完全に後者にあたる。
ので、
コネによってあまりいい思いなどしたこと無いのだが、そういえば過去に一度それらしいのがあったのを思い出した。
かなり前の話だが、アメリカ人女性と知り合いだったことがあった。
その人はジョイという名前の黒人女性で、子供の英会話教室の講師をしていて、まだ来日したばかりで日本語はまるっきり話せない。
何故私がジョイと知り合ったかは置いといて、私は英語が堪能な訳ではないので、ジョイとの会話はとても大変でなかなかにひどいものだったと思う。
例えば、ジョイは、英会話教室の子供達が全然言うことを聞かないとよく怒っていて、
「ファッキン チルドレン!!」
といつも連呼していたのだが、
それに対して私は、
「ジョイ、そういうこと言っちゃダメ」
と日本語でたしなめるみたいな感じだった。
ジョイはアメリカでミュージシャンのビデオクリップを作る仕事をしていたらしく、音楽に詳しかった。
その頃の私の音楽の趣味とも近くて、よく音楽の話をしていたのだが、ある日友人のグループが来日公演をするから一緒に行かないかと誘われた。
聞くとジョイのコネで無料で入れてもらえるとのことだった。
私の好きなグループだったので、即Yes!と言いたかったが、果たして長時間(会場はリキッドルームで私の地元からは1時間半位)ジョイと2人でいられるのかというのが頭をよぎり即決できなかった。
が、
後日聞いたらジョイとは現地集合で、友達も連れてきていいとのことだったので、それならと行くことにしたのだが、ジョイからは関係者用入口でジョイの友人だと言えば入れるから、と言われた。
ジョイは控え室にも連れて行ってくれると言っていたが、控え室でアメリカ人に囲まれて引き攣った笑顔で必死に英語を話そうとしている自分を想像すると、気まずさで気が狂いそうになったので、有り難い話だったが、それはどうにか回避せねばと思っていた。
たしか8000円くらいするチケットだったし、好きなグループだったので友人とともに楽しみにして当日を迎え、当時まだ新宿にあったリキッドルームに向かう。
会場に着くと通常の入り口は混雑していて、入場に時間がかかっているようだ。
私達はその人混みを悠々とスルーして、その隣の関係者用入口に向かう。
関係者用入口にも列が出来ていたが、スイスイ進むので「こりゃ早くていいや」なんて言っていると、受付に近づいくにつれて前の人達の声が聞こえてきた。
「エイベックスです」
「はい、どうぞ」
「ソニーミュージックです」
「はい、どうぞ」
私は思った、これ俺たち入れるの?
先程までの優越感、浮かれ気分が急速に冷めていく。
私達の番になった時には浮かれ気分どころか、まるで何か犯罪を犯して逃亡中に検問にあたってしまったような気分になっていた。
猛烈にドキドキしている私に受付の男の人が冷たく言い放つ。
「どういったご関係でしょう?」
私は受付の人の目が疑いの目に見えて、どうしようもなくビビりながら、
「え〜と、あの、ジ、ジョイの友人です」
と恐る恐る言った。
「はい?」
受付人は、明らかに怪訝な顔で聞き返す。
私は受付の犯罪者を見るような冷たい視線に恐れおののき、心の中ではエマージェンシーランプがサイレンと共に鳴り響いている中しどろもどろに答える。
「あ、あのですね、ジョイっていう黒人女性がいまして、その子がね、え〜と、メンバーと友達で、ジョイの友人だって言えばいいからってね、言われたんですけど...」
明らかに怪しい。
受付は手元の資料をパラパラとめくって言った。
「聞いてないですね」
やたらと時間がかかっているのを、私達の後ろに並んでる関係者の人たちが怪訝そうに睨みつけてる中、急いでジョイに電話するが繋がらない。
完全に動転している私はあちこちをキョロキョロ見回した。
と、通路の奥のほうにジョイのモジャモジャヘアーが微かに見えた気がした瞬間叫んでいた。
「ヘイ!ジョイ‼︎ ジョ〜イ‼︎ カモ〜ン‼︎ ジョ〜〜〜イ‼︎‼︎‼︎」
そこいた沢山の人達が、何事かと私達のほうを凝視する中ありったけの声で大きく手を振りながら叫ぶ俺...
「ジョ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜イ!!!」
控え室で必死に英会話を試みようとしてるのを想像するだけで気が狂いそうになっていた私が、あろうことか公衆の面前で絶叫している、英語で。
だが、その羞恥をかなぐり捨てた絶叫はジョイの耳に届き、彼女は手を振りながらこちらに走ってきた。
「Oh〜!」
と叫びながら、そして大声で私の名を呼ぶ。
走ってきた彼女はさすがにアメリカ人、ハグしてくる。
大勢の人が注目する中、お互いの名を叫び合って黒人女性とハグする俺。
映画かよ...
不思議とその時の私は恥ずかしさは感じていなかった。
結果、ジョイの説明により入れてはもらえたのだが、受付は最後まで疑いの目で私達を睨みつけていた。
この件から私が学んだことは、安易にコネなんて使うもんじゃないということだ。
タダより高いものはない。